2016年のキーノート&トークセッション
日本のモータリゼーションを支えたカローラ、
生誕50年!

2017.06.12 | Special

国民車カローラ生誕50年秘話

佐々木紫郎氏、斎藤明彦氏、小西良樹氏、藤田博也氏、安井慎一氏

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本記事は2016年のAutomobile Councilにて行われたキーノート&トークセッションでの模様を記事化したものです。
(2017年はキーノート&トークセッションの予定はございません)

1966年に誕生し、2016年に生誕50周年を迎えたトヨタ・カローラ。デビュー3年後の1969年に同門のコロナを抜いて車種別国内販売台数1位となり、以後2001年まで、33年連続で首位の座に君臨。今ではおよそ150カ国で販売され、累計販売台数は4300万台を超える、文句なしに世界のベストセラーである。そのカローラの歴代開発者5名を迎え、渡辺慎太郎 CAR GRAPHIC 編集長を進行役として、「国民車カローラ生誕50年秘話」と題したトークセッションが行なわれた。

現在ではワゴンのフィールダーはともかく、セダンのアクシオは年輩者向けのおとなしいクルマ、という印象が強いカローラ。だが1966年に誕生した初代カローラは、大衆車とはいえフレッシュでスポーティな感覚のモデルだった。

初代カローラの開発責任者だった故・長谷川龍雄氏をサポートし、2代目、3代目では自ら開発責任者を務めた佐々木紫郎氏は、初代カローラのコンセプトについてこう語る。「長谷川さんが掲げた“80点主義+α”の意味するところは、動力性能、信頼性、実用性、耐久性などすべてにおいて80点以上の合格点に達した上で、キラリと光るプラスアルファの魅力を備えたクルマということ。そのプラスアルファがスポーティ性だったのです」

サイドウィンドウに曲面ガラスを採用した、軽快なセミファストバック・スタイルの2ドアセダン・ボディ。高回転に適したOHVハイカムシャフト、ぜいたくな5ベアリング支持のクランクシャフトを持つ1.1l直4エンジン。日本車で初めてマクファーソン・ストラットを導入したフロントサスペンション。数々の初代カローラの特徴のなかでも注目を集めたのが、4段フロアシフトのギアボックスだった。

当時、乗用車のシフトレバーといえばコラムシフトが通例で、フロアシフトは高性能なスポーツタイプやスペースの制約が大きい軽自動車などに限られていた。そんななか、カローラは全車4段フロアシフトで登場したのである。

「その頃フロアシフトといえばトラックのイメージが強く、はたしてユーザーに受け入れられるか不安でした。しかし、いざ市場に出たらスポーティなフィーリングが好評を博した。長谷川さんの目論みどおり、プラスアルファとしてのスポーティな魅力が、初代カローラを成功へと導いたのです」

佐々木氏が開発責任者を務めた2代目カローラにもスポーティ性は受け継がれ、1972年にはカローラ・クーペのボディに兄貴分であるセリカ/カリーナ1600GTから直4DOHC1.6lの2T-G型エンジンを移植した、ホットモデルの型式名TE27ことレビンが追加された。

「レビンの発想は自分にはなかった。あれは後にセリカの主査を務めた、ラリー好きのエンジニアからの提案なんです。最初はエンジンが大きすぎると思ったが、テストコースで試作車を走らせたところ、アクセルを踏んだ瞬間に背中を押される感覚に酔いしれた。それで製品化しました」

カローラは1983年に登場した5代目で、駆動方式をFRからFFに転換した。その5代目から開発に携わり、6代目と7代目で開発責任者を務めた斎藤明彦氏は、大仕事だったFF化に際しての走行テストが強く印象に残っているという。

「試作車をアフリカのカメルーンの奥地に持ち込み、穴ぼこだらけで、雨が降るとぬかるむ悪路で、フロアを擦りながら走り回ってテストしました。期間はひと月くらいだったんですが、仕事の前に飲食物の確保に苦労しましたね」

5代目でFF化したのはセダンとリフトバックのみで、スポーツクーペのレビンはFRを踏襲していた。

「6代目ではレビンもFF化し、7代目ではレビンのフロントサスペンションに新開発のスーパーストラットを採用。よりスポーティなハンドリングを実現しました」

バブル期に開発され1991年に登場した7代目は、歴代カローラのなかで、もっとも贅沢に作られたモデルだった。その7代目を指して、CG渡辺編集長いわく「つくりが上質で高級感があり、まさに“子セルシオ”という印象だった」。それを受けて斎藤氏は、「7代目はセルシオが出てすぐのデビューだったので、セルシオをご覧になったお客様にも納得していただけるよう、高級にしたんです」と語った。

そんな斎藤氏は学生時代に初代カローラを愛用、学生ラリーに出場しては優勝を含む好成績を収めていたそうだ。

「初代カローラで走り回っていた私が、まさかカローラの主査を務めることになるとは。やり甲斐のある仕事でしたし、やれてよかったと思います」

10代目および11代目(現行モデル)の開発責任者である藤田博也氏は、9代目の途中から開発に参加したが、その時点でカローラのグローバル化という問題に直面した。

「デザインの中間審査で、日本国内だけならばいいけれど、これでは世界に通用しないと否定されたんです。そこからカローラのグローバル化が始まりました」

藤田氏とともに10・11代目の開発責任者を務めた安井慎一氏によれば、国内向け、北米向け、欧州向けといった仕向地別の本格的な作り分けを開始したのが、2006年にデビューした10代目からという。

「対象ユーザーの世代や嗜好、競合車種のサイズなどを考慮して、市場ごとに最適化したモデルを作るんです。たとえばインドやブラジルでは、カローラはショーファードリブン(運転手付き)で使われる高級車で、ちょうど国内のクラウンのような感覚なんですね。ですから全幅1760mmの3ナンバーサイズで、全長も国内仕様より100mmほど長くしているんですよ」

こうした11代、半世紀にわたるカローラを歴史を踏まえた上で、目下開発中の12代目の開発責任者を務めるのは、小西良樹氏。「時代の要求に応じてカローラのポジショニングも変化してきましたが、12代目はこれまでに築き上げた信頼性、実用性、利便性、コストパフォーマンスの高さ、そして環境および安全性能といったすべての要素を満たした上で、“乗って楽しい、見てカッコいい”クルマにしたいと思っています。初代カローラもプラスアルファの魅力としてスポーティ性を謳っていたわけですから、12代目はある意味、原点に回帰しているのかもしれません」

グローバルカーとなったカローラの未来を託された小西氏は、「地球的視点から、先に上げたような条件を満たし、世界中のユーザーを楽しませ、愛されるクルマにしていきたい」と結び、トークセッションは終了した。

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