欧州では、ヘリテージカーは文化遺産として捉えられ、国によっては税制面でも優遇されている。それだけではない。ローマ市のように大都市への一般車両流入を制限している中で、旧いクルマについてはその対象外とされている。「スクランブル/原題:Overdrive」(2017)は、こうした「文化遺産としてのヘリテージカー」という欧米社会の考え方が下敷きとなって企画された作品であることは間違いない。
ストーリー自体は、自動車窃盗をビジネスとしている主人公の兄弟と、対立するマフィア同士の攻防を描いたいわゆるカーアクション物である。観どころは、ヘリテージカー・オークションでも超1級にランクされる車種だけを窃盗車両の対象としているところであろう。類似の作品に「60セカンズ」(2000)があるが、比してみるとこちらの方が断然わかりやすい。何しろ世界で一番高価なクルマをターゲットにしているからだ。まずは、1937年式の「ブガッティ タイプ57SC クーペ・アトランティック」。オークションで24〜32億円の値が付く世界一高いクルマだ。地球上に2台しかなく、1台はあのラルフ・ローレン氏が所蔵している。そして、1962年式の「250GTO」。フェラーリの中でももっとも高価な存在として有名絵画以上の値を付ける。残念ながら、本作ではどちらもオリジナルの現車両ではない。美術スタッフが苦心して製作したレプリカ・モデルで、撮影の実走に耐えられるよう機関は現在の車両をベースに仕上げられている。

この2台以外はすべてオリジナルのヘリテージカーだが、いずれも一人のコレクターが所蔵しているミントな車両で、製作側のセレクトというよりも調達しやすさを優先したようだ。とは言え、そうそうたるモデルばかりで、舞台となる南仏マルセイユの街中を連なって走るシークエンスは、自動車愛好家にとっては夢のような光景に違いない。
さて、ブガッティとフェラーリを盗みの対象として選んだ理由は単に高額なクルマというだけではないことは、自動車好きなら即座に気がつくことだろう。ストーリーの主軸となるマルセイユ地場のフランス人マフィアと、それを脅かすイタリア人マフィア(両者共々、飛びきりのコレクターなのだ)。この2者の直喩が、各々が所有する珠玉のヘリテージカー、ブガッティ(仏)とフェラーリ(伊)というわけなのだ。ここまで読んでくると、お金持ちの自動車骨董趣味を満足させる作品のように捉えられてしまうが、そこは「ワイルドスピード」の製作陣が係わっている強みが存分に活かされている。ポルシェ911GT3 (997)、MINIクーパーS JCW、日産GT-R、ホンダ シビックType-R、BMW M3(F80)と言った「ワイルドスピード」系の車両がゾクゾク登場し、カーアクション・シーンを盛り上げているのだ。

同時にこれらのクルマを登場させることで、現在・過去、熟年・若年、正義・非道、敵・味方のパーテーションを飛び越えて作品の中にひとつのキーワードが浮かび上がらせている。「クルマが人に与える楽しさ・美しさ」というメッセージだ。対峙し合うマフィア同士、地元の実力者とアウトローでもある主人公を含めた若者たち・・・、利害の一致しない、相対する者たちがヘリテージカーを前にすると、皆、子供のような歓喜の声を上げる。クリント・イーストウッドの実息スコット・イーストウッドが演じる兄、フレディ・ソープ演じる弟の兄弟は自動車窃盗というビジネスに身を置くがゆえに、クルマはあくまでも売りさばく商品に過ぎない。ところが、盗んだヘリテージカーを運転する場面ではご両人ともにご機嫌な笑顔を浮かべる。雅やかな走る美術品であれ、ハイパワーな公道レーサーであれ、クルマには個人の自我の解放があると思う。ドライバーを介さなくても走行できるクルマが未来の乗りモノとして語られる今、自我を解放することこそが、次世代へ伝えるべきクルマ本来持ち続けてきた文化的レガシーであると本作は気づかせてくれる。【文・小口久貴】

「スクランブル/SCRAMBLE(原題OVERDRIVE)」2017年配給 仏米合作
『スクランブル』DVD / Blu-ray 好評発売中!
発売元:ギャガ
販売元:ギャガ
©2016 OVERDRIVE PRODUCTIONS-KINOLOGY-TF1 FILMS PRODUCTION-NEXUS FACTORY