車のフロントガラス越しに見える景色が自分だけの映画の世界だということは改めて書くまでもない。季節と時間、また情報も含めてスクリ-ンのない映画のように展開されていく魅惑的なシーン。車好きな人だったら誰でも例外なく自分の中に何本もの映画の記憶を持っているだろうが、イギリスが生んだ人気アーティスト、クリス・レアはそれを誰よりも知っている人だろう。
だから、彼の音楽はドライブの時の最高のサウンドトラックになる。エルトン・ジョンとの仕事で知られるガス・ダンジョンがプロデューサーということでも話題を呼び、名曲「フール」を生んだ1978年のアルバム「何がベニーに起こったか」に始まるアルバムは全てがドライブの際の愛聴盤であり、またクリス・レア自身も車に関するネタを自分の音楽の中にたっぷり取り込んでいる。雨のハイウェイを舞台に、いろいろな国の交通情報が流れるという手法に唸らされた1989年の「ロード・トゥ・ヘル」。その2年後に発表されたアルバムはずばり「オーベルジュ」(日本題は「ヘヴン」)と題され、ジャケットには美しい田舎の道を走る車のイラストが使われていたが、「ロード・トゥ・ヘル(パート2)」から“最高のカー・ソング”として世界中の人々に愛されている「ドライヴィング・フォー・クリスマス」まで17の名曲が収録された「ザ・ベスト・オブ・クリス・レア」は絶対の1枚だ。
日本では車のCMに使われ、クリスの代名詞にようになった1986年の大ヒット曲「オン・ザ・ビーチ」の永遠の魅力は勿論のこと、ジャケットはフロントガラス越しの風景の写真だし、ジャケットを開くと、その流れに沿った写真もレイアウトされている。“クリスマスに家に帰ろうと車の走らせている”男の心情と“テ—ルランプの洪水“をはじめとする情景を渋みのある声と深い味わいのあるギターを見事に描き上げたラストの曲の余韻の美しさは言葉では形容できない。