乾燥している地中海気候でも、クルマの塩害は付きものらしい。「グラン・ブルー/Le Grand Bleu」(1988)に登場する錆びだらけのクルマは、海辺に生まれ、海辺で暮らす男たちの生活をシンボリックに描いている。モデルはフィアット500F(1965年式NUOVAチンクエチェント)。塗装が剥げ落ちたボディ。軽く押すだけでハズレてしまうフロント・ウィンドウ。左右のドアだけが、なんとか塗色が残った状態の中古品に交換されている。ほとんど朽ち果てそうな様相を呈しているのだ。防錆鋼鈑の採用や現代の塗装を施した最新式の車両でも、海辺で日常的に使用するとなるとボディのメンテナンスには気を使う。’60年代に生産された塗装・鋼鈑品質の車両となるとなおさらだ。ジャン・レノ演ずるエンゾ(潜水夫)の出身地、シチリア島のシラクーサはイタリア国内でも比較的湿度が高い。ここは、湿気の少ない地中海にあっても塩害が発生しやすい地域なのだ。錆が発生しやすい車両の部位は主に下回りやマフラーだが、ドアのヒンジや外周部分にも頻発する。だから、ドア交換は手っ取り早い錆対策として選択されたという。なるほど、クルマ好きで知られるリュック・ベッソン監督ならではのリアリティの追求とセンスが、ドアだけに辛うじて塗色が残るフィアット500Fの演出から十分感じ取ることができる。

本編の冒頭、難破船の救助でせしめた金を使い、エンゾが「クルマをリペイントする」と宣言する。劇中中盤へ差しかかると、彼が乗る“はげ落ちた塗装”のフィアット500Fは見違えるような美しいレッドに全塗装されている。イタリアのナショナルカラーであると同時に、イタリア人であるエンゾのアイデンティティを象徴する色だ。そしてそれは、ブルーをナショナルカラーに持つフランス人、ジャン=マルク・パール演ずるジャック・マイヨールに対するエンゾの対抗心を暗に表しているのである。【文・小口久貴】

「グラン・ブルー/Le Grand Bleu」1988年フランス・イタリア合作映画
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© 1988 Gaumont