僕は完全な雑誌世代である。
ラジオ世代でもある。
音楽も、ファッションも、トレンドも、そしてもちろんクルマも、知りたい情報は、ほぼすべて雑誌とラジオから学んだ。
だから若い頃、まだ鋭敏だったアンテナに何かが引っかかったとき、何かを始めたいとき、まずは雑誌を買い漁ることから始めた。
いや若い頃だけじゃない。40歳で目覚めたマウンテンバイクもそうだし、45歳で大型免許を取得したモーターサイクルだってそう。欲しい情報を得るために、貪るように読み漁った記憶が新しい。
そんな永遠の雑誌小僧ともいえる僕が、昔から楽しみにしているのが自動車雑誌の売買欄だ。とはいえインターネットの普及が進むにつれてどんどん駆逐、もしくは縮小されていく方向にあることは認めざるを得ない。実際読者の個人売買に特化していたCAR GRAPHICのUSED CAR GUIDEは、もうずいぶん前にその使命を終えた。
でも在りし日のそれは、とても面白かった。いや面白いだけじゃなく、僕の人生を変えてしまった。
あれは1983年頃のことだったと思う。USED CAR GUIDEに載る1台に目が釘づけになった。今から30年以上前のこと。写真の画質だって悪いし、印刷だってそれなりの時代。小さな写真を食い入るように見つめ、表示された値段にため息をついた。
あるヨーロピアン・ホットハッチ。走行2万km余りで価格はたしか160万円前後だったと思う。大学を卒業してまだ2年ばかりの若造には高嶺の花だった。しかし無鉄砲ができるのも若者の特権。恋に落ちたら最後、突っ走らなければ気が済まない性分に歯止めがかからず、親父が遺してくれたクルマを友人にさっさと売り払い、ついに入手と相成った。
結局その赤いホットハッチが僕のクルマ好きにブーストをかけた。4年落ちではあったけど、生まれて初めて世界一流といわれたハンドリングを知り、痺れまくり、興奮し、運転の本当の楽しさ、自動車の底知れない魅力を知った。いやクルマが持つ魔力に取り憑かれたといった方がきっと近い。
その運命的な出会いがなければ、もしあの時の僕に理性があって購入を踏みとどまっていれば、自動車を論じ、表現、発信する現在の立場に就いていなかったかもしれない。
新聞のベタ記事にも満たないような小さな売買欄の情報が、僕の人生を変えた。
これからも変えてくれるかもしれない。いや本当は変えなくてもいい。僕は小さな写真と文字に目を凝らし、羨望を抱き、嘆息し、妄想を膨らませることが好きなのだから。
良質な試乗記も、最新技術の紹介も、歴史を紐解くリポートも面白い。
でもちっぽけな売買欄や広告もたまらなく興味深い。だから僕は今も自動車雑誌を手に取ると、無意識に巻末から逆にページを繰る癖が直らない。だって今も昔も万国共通で、売買欄は巻末近くにあると決まっているのだから。