1989年にオープンしたトヨタ博物館は、トヨタ車のみならず、自動車史に重要なモデルを国、メーカーの別なく収集・展示している、世界でも有数の自動車博物館である。同館館長の布垣直昭氏は、デザイナーとしての豊富なキャリアを持つ人物。彼をゲストスピーカーに迎え、「ミュージアムは文化の交差点」と題したトークセッションが行われた。
「そもそも“クラシック”を、日本語で“古典”と訳したことに問題があると思うんですよ。知り合いのクラシック音楽界の重鎮も、“古典音楽”と訳されて迷惑だと言ってました。私に言わせれば、これは誤訳ですね。“クラシック”が本来意味するところは、“時代を超えて普遍的な価値があるもの”なんです」
布垣氏の話は、こんな“つかみ”から始まった。よって“クラシックカー”とは“古いクルマ”ではなく、“時代を超えた価値を持つ名車”というわけである。
開館以来、昨年までに累計600万人が来場したトヨタ博物館。収蔵車両は500台以上、うち展示してあるのは150台ほどだが、すべて動態保存が基本である。設立の目的は、「みなさまとともに自動車の歴史を学び、人とクルマの豊かな未来のための博物館」。布垣氏は、ただ収蔵車両を展示しているだけではダメで、“モノ”から“文化”へ、ひいては社会を豊かにする力につながっていかないと、博物館の役割を果たしていないという。その目的を果たすべく、トヨタ博物館はさまざまな活動を行なっている。
まずは展示内容について語り始めた布垣氏によれば、展示車両は成功作ばかりではない。成功作と失敗作の両方があって、歴史は作られるからである。同様の理由で、トヨタ車以外のクルマもある。一社のクルマだけでは、メーカー同士のせめぎあいを経て発展していく過程がわからないからだ。
今では一般化しているものであっても、必ず最初に始めたパイオニアがいる。失敗を経て成功があり、やがて歴史が作られていくわけだが、その例として語られたのは、1930年代に始まった流線形・空力デザインの量産化。最初に流線形を導入したものの市場の評判が芳しくなかったクライスラーの1934年デソート・エアフロー、その先進的なアイデアをいち早く取り入れたトヨタ初の乗用車である1936年AA型、流線形普及のきっかけとなった1936年リンカーン・ゼファーなどである。またフェンダーとボディが一体化したフラッシュサイドボディの先駆として、1947年チシタリア202と1949年フォードが紹介された。トヨタ博物館には、これらをはじめとする、自動車史上重要なモデルが展示されているのである。
クラシックカーの魅力を広く伝えるべく、布垣氏は公式フェイスブックに“館長タイムスリップ試乗記”を連載している。「なるべくマニアックにならず、興味のない人にも伝わるような紹介を心がけています」とのことで、これまでに紹介した車両のなかから、数車が語られた。1913年モーリス・オックスフォード、1912年キャデラック・モデル・サーティ、1931年キャデラック・シリーズ452A、1939年ドラージュ・タイプD8-120、1939年パッカード・トゥエルヴ “ルーズヴェルト専用車”、1959年キャデラック・エルドラド・ビアリッツ、1967年トヨタ2000GTボンドカー、などである。
トークセッションのお題である「ミュージアムは文化の交差点」という視点から、クルマが呼吸した時代とその文化を物語る、車両以外のものも所蔵・展示している。たとえば“ルネ・ラリック カーマスコット展示室”。フランスのガラス工芸家、ルネ・ラリックが1920年代に製作したガラス製のカーマスコット全29種類、32点を展示したものだが、全種類が揃って常設展示されているのは、世界でもトヨタ博物館だけという。そのほか歴史的なポスターやティントイ、カタログや雑誌、書籍なども所蔵。すべての常設展示はむずかしいので、企画展などで公開するほか、2016年に完成した貴重資料保存庫で一部を公開している。
また、「モノ語る博物館へ」をスローガンに、ミュージアムは展示だけではないと、活動範囲を外部に広げている。クラシックカー愛好家同士の交流とクルマ文化の継承、そして地域との交流を目的として、開館翌年の1990年から、地元長久手周辺で“トヨタ博物館クラシックカーフェスティバル”を毎年春に開催。これは一般から募集したおよそ100台のクラシックカーと、トヨタ博物館の所蔵車両10台前後を屋外会場に展示し、周辺のパレードなどを行なうものだ。2007年からはそのイベントを首都圏でもということで、毎年秋に“トヨタ博物館クラシックカーフェスティバル in 神宮外苑”を開催している。
「最初のうちは、こちらからお願いしないと一般からの参加車両が集まりませんでしたが、最近では参加希望が多く、一部のみなさんにお断りせざるを得ないような状況です。これらのイベントは博物館まで足を運んでいただけない方にもクラシックカーを見てもらえる機会なので、今ではとても大事な活動となっています」
クラシックカーを大切にしているオーナーたちの姿は、クルマが使い捨てではないことを見る者に伝える最上のメッセージであり、クルマを“文化”に育てるための大切な要素となりうる。
「パレードに参加するオーナーは、沿道で声援を送るギャラリーに、笑顔で手を降ってくださいとお願いしています。そういう何気ない行為が、クラシックカーのファンを増やすことにつながるのですから」
クラシックカーフェスティバルを訪れるギャラリーの数は、今では長久手で約2万人、神宮では3万人近くを数えるという。
トヨタ博物館では、こうしたイベントを開催するだけではなく、各地で開かれるクラシックカーイベントへの協力も行なっている。その例として、群馬県桐生市にある群馬大学桐生キャンパスで毎年開催されているイベントに、所蔵車両を貸し出し展示した光景が紹介された。
さらにトヨタ博物館のスペースを、オーナーズクラブなどのクラブイベントの場として提供。開発者のトークショーをアレンジするなど、協力も惜しまない。おかげで春と秋のイベントの季節には、クラブから貸し出し希望の予約が殺到するという。
ほかの企業や団体とのコラボレーションも行なっている。たとえば田宮模型から発売されたトヨダAA型のプラモデル。これは館内で展示車両を3Dスキャナーで計測したデータを元にモデル化し、発表会もトヨタ博物館で行われた。
地域との共生も、トヨタ博物館にとって欠かせない課題である。
「博物館の前を通るリニモに、トヨタ2000GTやドラージュのイラストのラッピングカーを走らせたり、周辺の美化活動を行なったり。クリスマスの時期にはライトアップしてるんですが、不景気のときにやめたら、地域からやめないでほしいという要望があり、それを受けて復活させたこともありましたね」
かようにトヨタ博物館の概要と活動を紹介した上で、布垣氏は改めて“クラシック=古典”ではないことを改めて強調した。
「イギリスのクラシックカーイベントで、マセラティが伝統を物語るヒストリックカーと、未来を象徴するコンセプトカーを並べて展示している光景が印象的でした。歴史があるところが語る未来には、説得力があるんです。“古い”と“新しい”はけっして対立するものではなく、させてはいけないんですね」
その考え方は、“CLASSIC MEETS MODERN”という、オートモビル・カウンシルのテーマと見事に重なる。そして、その方針のもとに、「トヨタ博物館では、今後も時代を超えたチャレンジやクリエイションの姿を伝えていきたい」と結んだ。