初回以来3回連続での出展となるトヨタ。今回は同社が創立50周年記念として1989年に設立した「トヨタ博物館」を主体に、「トヨタ博物館 meets AUTOMOBILE COUNCIL」をスローガンに掲げての出展となった。

プレスカンファレンスに登壇したトヨタ博物館館長の布垣直昭氏いわく、「スローガンにある“meets”には、“会う”というほかに“意気投合する”という意味もある。すなわちオートモビルカウンシルとトヨタ博物館は、目指すところが一致するのである」。

トヨタ博物館の最大の特色は、世に自動車の歴史、文化を伝えるべく、トヨタ車のみならず、生産国やメーカーの枠を超えた古今東西のモデルを収蔵・展示していること。その姿勢が、メーカー、インポーター、ヘリテージカー販売店、自動車愛好家クラブ、イベントオーガナイザーなどが、それぞれの立場を越えて集い、日本に自動車文化を育み、発信していこうというオートモビルカウンシルの開催目的と重なるというわけである。その思いを共有する、いわば同志として、イベントを運営するAUTOMOBILE COUNCIL実行委員会代表の加藤哲也氏も登壇し、布垣氏と語り合う形でカンファレンスは進行した。

今回のトヨタブースの展示テーマは「元気!! ニッポン 1960s!」。高度経済成長期にあって、欧米に追いつき追い越せとばかり、日進月歩の勢いで進化・発展していた60年代の日本の自動車産業から生まれたモデルがな並べられた。いくつもの国際速度記録を樹立した「トヨタ 2000GT スピードトライアル」(レプリカ)、本格的なプロトタイプレーシングカーの「トヨタ 7」、後の「トヨタスポーツ800」のプロトタイプである「トヨタ パブリカスポーツ」(レプリカ)、ベストセラーカーだった「トヨペット コロナ」などだが、それらトヨタ車に混じって当時の最高級車の1台である「ニッサン・セドリック スペシャル」の姿もあった。

1964年の東京オリンピックで聖火を運ぶという歴史的な役割を果たした日産の保存車両だが、トヨタブースに日産車とは異例のことである。だが、このほかにもブースには60年代の国産7社のカタログやポスターなども飾られており、メーカーやブランドの枠を超えて、というトヨタ博物館の姿勢を実際に反映した展示となっていたのだった。

布垣氏は、その思想を発展させた「モーターショーはメーカーが競い合う場でもあるが、こういうイベントでは各社が同じテーマのもとに展示し、いっしょにヘリテージを盛り上げていってもいいのではないか」という新たなアイデアも提案。これには加藤氏も一も二もなく賛同していた。

そのいっぽうで、「ヘリテージの魅力を伝えるイベントとはいえ、単なる懐古主義に陥ってしまうのは疑問。過去という点ではなく、過去から現在、そして未来につながる線でクルマをとらえてこそ、車種やブランドの魅力がより強く感じられるはず」という加藤氏の意見には、布垣氏も強い同意を示していた。

その言葉を裏付けるように、前述した1964年の東京オリンピックで活躍した「ニッサン・セドリック スペシャル」の隣には、ワールドワイドオリンピック・パラリンピックパートナーとして、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを支えるトヨタの「MIRAI」が展示されていた。