「ヘリテージカーはお気に入りの時計のように、常に身につけるもの」
重厚感があり英国らしさでいっぱいのヘリテージカー『MGTC』を愛車に持つ松下さん。「僕にとってはお気に入りの服や帽子、時計なんかと同じで身につけていないと落ち着かないもの」と話すように、日常的に乗っているのだそう。学生時代から憧れていたこの愛車について、その熱い想いをお聞きしてきました。
凄くクラシックで存在感のあるお車ですね。MGTC、まずはどのような車なんでしょうか?
松下氏(以下M)「BMC、ブリティッシュモーターカンパニーというイギリスのメーカーがありまして、1960年代のイギリスの車の黄金時代にミニやカニ目を作っていたメーカーです。元々はイギリスの様々なメーカーが合同してBMCになったのですが、このTCはBMC以前のオースチンだとかモーリス、ライデー、ウズレーなど様々な車のメーカーがある中で、MGという独立した車メーカーが時代の終わりを迎える頃に作られた車です」
なるほど、ではそのMGはどのような特徴があるのでしょうか?
M「MGというのは1920年代に創業して、元モーリスのディーラーを経営していた人が設立した会社なんですが、元々はモーリスの車をチューニングしてレース仕様にしたりと、そういう所からスタートしたメーカーです。初期はモーリスのコンポーネントなんかを利用して作っていたようなんですけど、その内オリジナルの車を作るようになって。基本的には一貫してスポーティな車ですね。レースに出てみたりだとか、レースに出ないまでも、スポーティな走りを楽しみたい方用。なので、MGの中でも、2シーターのオープンカーっていうのが一番王道です。昔からMGはミジェットって名前が付きますが、MGミジェットっていうのは1920年代からスタートして最後は1979年まで作ってたわけですけど、このTCもそのミジェットシリーズの中の1台ということになるわけです」
ではこのTCはいつ頃作られたものなんでしょうか?
M「1930年代にMGTAという、見た目はこの車とそっくりなんですけど、その車が戦前に開発されて。で、TA、TBと戦前つくったんですけど、1939年に第二次大戦が入りますので、スポーツカーどころじゃないっていうことで一旦中断して。1945年に戦争が終わってすぐに生産を再開したのがあのMGTCなんです。1945年から製造が始まって、1949年まで、MGTCは作ってました。1万台つくられたそうです。これはその中の1台です」
イギリスでは当時どのような方が乗っていた車なんでしょうか?
M「今と違って車の製造台数も少ない時代の中では、1万台もつくられていたので、かなりポピュラーな車です。こういう車としては値段もあまり高くなかったので、中産階級ぐらいの人でも十分買える値段の車でした。例えば、ロールスロイスは勿論ですけど、アストンマーチンやジャガーだとかっていう高いレンジの車とは違うので、比較的ミドルクラスの人でも乗れた車ですね」
日本にはいつ頃入ってきたものでしょうか?
M「日本では戦後、戦争に負けて進駐軍がたくさん入ってきますよね? そんな中でアメリカ兵やイギリス兵…兵隊といっても将校クラスだと思いますが、彼らが日本にTCやTDを持ち込んだらしいんですよ。なので日本で戦後、昭和20年代くらいには結構走ってたらしいんですよね。当然戦前の日本にはスポーツカーはほとんどなかったのですが、戦後になってはじめてこの二人しか乗れない小さな車がスポーツカーだと認識されたんです。つまり、日本で最初にスポーツカーとして認識されたとも言える車種でもあります。三船敏郎さんなんかも、MGに乗っていたらしいですね」
凄く歴史的にも重要な車なんですね。では、松下さんご自身のことについてお聞きしていきたいのですが、車を興味を持たれたのはいつ頃でしょうか?
M「そりゃもう小さな子供の頃ですね。僕が小学校に入るかどうか位の頃にスーパーカーブームがあったんですよ。昭和50年前後くらい。子供も車が大好きな時代だったんですけど、ただ僕はその頃、スーパーカーよりも、当時たくさん走っていたワーゲンのビートルやミニ、ジープとか、当時であっても古くさいクラシカルな車が好きでした。当時、トミカのミニカーも集めていましたがポルシェやフェラーリなどのスーパーカー系とかスポーツカーではなくて、ビートルや、ジープやミニみたいな、そういうトミカばっかり買ってもらってましたね」
なるほど。ではこれまでの車遍歴はどのようなものですか?
M「大学卒業間際に一番最初に買ったのは、ローバーのミニでした。当時まだ新車だったのですが、イギリスからの並行輸入の、キャブレターが純正でついてた最後のミニを買いました。それは2年乗るか乗らないかで。本当はですね、最初からMGが欲しかったんですよ。特にミジェットが欲しかったのですが、ただ当時もヒストリックカーでしたので、まだ免許もとったばかりの若造としてはやっぱり敷居が高いんです。勇気がなかったんです。金額の問題と言うよりは、本当にそんなもの維持出来るとも思ってなくて。だから安心感のある新車のミニを買ったんですけど、でも、ミニに乗ってしばらくして、大丈夫なんじゃないかと思うようになって」
やはり、どうしてもMGが欲しいなと。
M「はい。MGミジェットのマーク3が本当に欲しくて。で、欲しいなと思っていたら26歳の時に縁があって、すぐミニを下取りに出してミジェットを買いました。これはもう13年半乗りました。若くてお金もなかったので、ずっと乗っていましたね。途中でやっぱりオープンの2シーターだけではあまりにも不便だなと思い、途中35歳くらいにミニのキャブクーパーを買い足しました。そこからずっと2台体制に入って。で、そのミジェットは、13年半乗ったところであのTCが出てきたものですから、それと入れ替わりになって。で、TCとミニのキャブクーパーとの2台体制になり。ちょうど5年前、僕の知り合いでMGの1100っていう車を持ってた人がいて、その人がその車を手放すので誰か欲しい人いないかなって言い出して、僕はその車もずっと欲しかったので、じゃあ僕買いますと。それでミニを売って、1100を買って。なので今はMGの2台体制ですね」
現在はその2台ですね。ちなみにMGに憧れたきっかけは何でしょうか?
M「小学校時代からの親友が車好きで、車雑誌を毎月買っていまして。家に遊びに行くとそれを眺めていて。自分でも買うようになって、元々古い車が好きだったのでやっぱり雑誌の中でもMGがかっこいいなと思ったこと。あと、僕が大学四年生の頃に東京モーターショーがあったんですよ。その時にMGのRV8という車があるんですが、MGという車は1980年代頃に、最後にMGという名前で出てからMGとしてのブランドが途絶えていたんです。ところがその東京モーターショーの時に、MGという名前が復活して、MGBのモノコックなどを色々利用してローバーが新しい車を出したんですよ。それがですね、僕もその東京モーターショーの会場で見て、そりゃあもうかっこよかったわけです。とてもイギリスらしいデザインで。内装はコノリーレザーで、白っぽいアイボリーのレザー張りで、ボディはグリーンのメタリックで、ダッシュボードはウッドパネル。で、MGかっこいいな!と」
その憧れだったMGTCを購入した時のエピソードを教えてください。
M「学生の頃から好きで『一番欲しい車はなに?』という問いにMGTCと答えていたくらいの車。いつかは!と思っていました。ある時甲州街道を走っていたらオートメデックさんのショールームがあって、そこを通りかかったら古い車がばーっと並んでいて。そこにMGPB、それこそ戦前の1935年の車が並んでいて赤いボディーでかっこよかったんです。それで様々見せてもらって本当に良い車で。恐る恐る値段を聞いてみたら、やはりちょっと手が出ないなと。でも気持ちとしてはすごく欲しくなったんです。ただTA、TBは高価な上になかなか出てこないけれど、TCはないかなって思ってネットで検索したら、ガレージ日英さんにTCが掲載されていて。色もブリティッシュレーシンググリーンで一番欲しかった色。すぐ見に行きました。そうしたら程度も良いし、色も良い、しかも僕のミジェットを結構良い値段で買い取ってくれると。じゃあ、もう決めようと。試乗させてもらったんですが、はじめて本格的な本当のクラシックカーに乗ったので、運転難しいかなと思ったらミジェットと同じで簡単に運転できたんです。何の癖もない。『これはいい! 運転もできるし』 と。それでその場で決めてミジェットは持っていってもらいあの車を手に入れた。今乗って9年目ですね」
では、デザインで気に入っているところはどこでしょうか?
M「外装はもう全部ですね。1930年代のデザインです。その頃は全部こんな形と思っているでしょ? でも当時のジャガーやオースチン、モーリスなど様々な会社からこういう2シーターが出ていた中で、デザインのまとまりが一番いいと思い込んでいます。ラジエーターの形からフェンダーの形、後ろ姿も、全てのまとまり感が完璧だと思っていて。無駄がない。華美なところ…例えば1930sはアール・デコが流行ってそういうデザインを取り入れた車もあるんですが、MGって質実剛健というか華美なところが一切ないんです。シンプルなデザインで。内装のウッドパネルなんかも同じく。Tシリーズの前にPシリーズがありますが、Pに比べてTはだいぶんコストダウンされているんですね。エンジンの形式もシンプルですし、PはオクタゴンといってMGは8角形のマークが象徴ですが、Tシリーズはそういうのもなく実にシンプルなんです。が、そのシンプルさがいいなと思っています」
ファッションもクラシックな雰囲気ですね。
M「やはりこういうクラシックなオープンカーなので、走っていても見られてしまうので。やはり目立つので、指さされることも多いですし、写真を撮られるのもすごく多いんです。それは僕を見ているわけではなく当然車を見ているわけですから、僕は脇役なんですが、乗っている僕が変な格好していたらちょっと残念じゃないですか。なので、僕も車の一つのアクセサリーとして(笑)」
クラシックで上質な帽子もたくさん持っていらっしゃいますね。
M「英国老舗の帽子屋さん、ジェイムスロックとベイツで買います。帽子は日よけにも防寒にも必需品なので。服がトラッドだと帽子も変えたくなりますよね。ジャケットにあわせてとか。季節にあわせて帽子を買うので増えていきます」
MGTCは日常的に乗っていらっしゃるんですか?
M「はい。こういう車はイベントだけで乗る方もいらっしゃいますが、でも僕は普通に乗っていたいんです。例えば、服と同じでおしゃれはパーティーの時だけ、っていうのではなく日頃から楽しみたい感覚。日常的に、乗ってナンボ的な感じです」
乗っていて嬉しいことは?
M「たまに同じような車とすれ違う時があるんですよ。例えば、走っていて隣にカニ目なんかがスッときて、乗っている方と目があいますよね。会釈して会話が始まったり。そういうのがとても楽しいです。初めて会った人なのにわかりあった感覚。そういうのって今の車だとなかなかないと思うんですよね。こういうヘリテージカーならではの仲間意識といいますか。それで友達もできていきますし。それが最も楽しいことですね」
では今後この車で遊んでみたいことは
M「この車はとても気に入っていますが、いじってみたい気持ちもありまして。フェンダーがフレアなんですが、サイクルフェンダーという当時のレースに出ていた車に施されていたレース用に改造されたスタイルがあるんです。フェンダーを変えたり、フロントのウィンドウスクリーンをレーシーにしたり。あと、ホイールをボディーと同色にしてグッとレーシーな雰囲気にしてみたり。イギリスの路上なんかでそういうデザインを見て、とても格好いいと思っていまして。いつかやってみたいですね」
では最後に、あなたにとってのヘリテージカーとは何でしょうか?
M「服や帽子と同じで、身につけるものだと思います。こういう服を着て、帽子をかぶって、この車に乗って完成。もう身体の一部です。お気に入りの時計があって、つけていないと気持ちが落ち着かない、というのと同じ。やはり手放せない、常に身につけているものですね」
Photograph:Taku Amano
Interview & Edit:TUNA
Text:Hina